感情は大事なメッセージ
ここまで、感情は、出来事そのものではなくて、その出来事をその人がどのように解釈するかによって引き起こされる、という話をしてきました。ここでひとつ、とても重要なことをお伝えしておかなくてはなりません。
それは、人間の感情とは、本来とても大切なものであり、すべての基本感情には、皆さんが生きていくためにとても重要な意味がある、ということです。
これから認知行動療法についてしばらくお話していくことになりますが、その前に、大前提として、感情は大切である、ということは強調しておきたいと思います。
問題なのは、あなたが感じている感情が、状況に対してごく自然で適応的であるのか、極端であり、不適応的であるのか、ということです。
怒りに任せて配偶者や子供に暴力をふるうのは、明らかに不適切な怒りですが、自分が何に不満があって、どうして怒っているのか、暴言、暴力なしで、毅然とした態度で相手に伝えていくのは適切な怒りです。認知行動療法の目的は、あなたにとって不都合な感情を取り除くことではありません。過度に強いために不適応になっている感情を、状況に見合った、適応的な感情にしていくことです。
たとえば、適度は不安は、あなたのその状況に対応する準備のための行動を促進してくれますが、過度な不安はあなたを動けなくしてしまいます。
よく本屋さんの店頭で見かける自己啓発本で、怒りなどの難しい感情を5分とか短期間で取り除く方法などの本を見かけますが、それが正しいことだとは思いません。
それどころか、世の中のあまりに多くの人たちが、自分の自然な感情と向き合えずに、その感情から目を背けたり、押し殺して生きているために、不適応を起こしています。
我々人間には、祖先からずっと受け継がれてきた、5つの基本感情があります。それは、喜び(Joy)、怒り(Anger)、悲しみ(Sadness)、恐怖(Fear)、嫌悪(Disgust)の5つです。(心理学者によっては、これが4つだったり、6つ以上だったりします。たとえば、嫌悪という感情は、怒りと恐怖のブレンドに過ぎないといった話です)
いつか紹介したいピクサーの映画「インサイドヘッド」("Inside Out")にも、この5つの基本感情がどれだけ私たち人間の営みに大切であるかというメインテーマがありました。
我々の基本感情は、進化心理学的にひとつひとつ、サバイバルや環境適応的に意味があります。
たとえば怒りですが、状況に適した怒りは、その人にとって大切な誰かに危険に晒されている、あるいは、自分自身が危険に晒されている、ということを知らせてくれて、その危険を取り除く行動を促してくれます。
怒りの感情があるから、自分を守ったり、誰かを守ることができるのです。
恐怖(不安)という感情も、同様に重要です。恐怖心があるから、我々はケガやトラブルを避けるように注意深く行動できます。
古代、恐怖心のなかった個体は真っ先に死んでいたため、次世代に遺伝子を残すことができませんでした。
我々現代人に生得的に備わっている基本感情は、その基本感情を持っていた祖先が環境に対して適者だったということです。
怒りや恐怖や悲しみといった感情を経験することは苦痛ですが、状況に応じて必要な感情です。
その自然な感情をひとつひとつきちんと認識して経験して折り合いをつけていくことが、私たちを良い方向に導いてくれますし、人生を豊かで深みのあるものにしてくれます。